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大阪高等裁判所 昭和63年(く)61号 決定

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は、弁護人山崎吉恭、同瀧瀬英昭及び同下村幸雄共同作成の抗告申立書記載のとおりであって、要するに、原決定が被告人の保釈を許可するにあたって指定した「被告人は、弁護人を介さずして事件関係者に対し面接、電話、文書その他いかなる方法によるとを問わず一切接触しないこと」との条件を取消すとの裁判を求めるというのである。

よって、所論にかんがみ、一件記録を調査して検討するに、所論は、被告人は、Aから融資を受けて金融業に従事している者で、前科前歴のない真面目な宗教信者であって、本件についても捜査に協力し、証拠隠滅の行為に出たこともない。ところで、(一)被告人は、右Aに多額の負債があって、その処理について同人と日常的な接触を必要とするから、同人との接触を禁じられることは、負債の整理はもとより、被告人の営業活動そのものをも禁じられることを意味するものであり、また、被告人がAと接触する都度弁護人が介在することは、弁護人に過重な負担を課するものであるばかりか、弁護人を介しての接触方法では、双方間の十分な接触は不可能である。(二)被告人には、本件の謀議に参加したとされる日時に信者の集会に参加していてアリバイがあるから、これが立証のために当日の集会参加者の中から適切な証人を選び出すことを検討中であるが、右証人の選定にあたっては、被告人が直接参加者と接触することが不可欠である。さらに、(三)本件のように共犯者及びこれに準ずる者、被害者その他取引関与者ら事件に関係する者の多数存在する事案にあっては、原決定の「事件関係者」という無限定、かつ、不明確な指定によって、あらゆる関係者との接触を禁止するようなことは許されない。保釈にあたって裁判所が適当と認める条件を付することはできるけれども、出頭確保や罪証隠滅の防止をはるかにこえた本件のような条件を付することは許されない。少くとも既に証人尋問の終了したAや、今後弁護人において証人申請するアリバイ関係の証人との接触をも禁止することは不合理な制約であって、法の許容する相当性の範囲を逸脱するものであり、そのような違法な条件の指定は許されないから、その取消しを求める。もし、指定する条件の全部を取消すことが相当でなければ、検察官申請の証人との接触を禁止するとの限定を付するか、さもなくば、A及びアリバイ関係証人については、これを除外されたいというのである。

しかしながら、所論(一)の点について、本件は、被告人がB、C、D、E、F及びGらと共謀して、H他一名所有の土地家屋についての登記申請書や、その他の書類を偽造するなどして○○住建株式会社(代表取締役G)に各所有権の移転登記をなしたうえ、××商事株式会社(代表取締役A)を欺罔して、売買代金等の名下に三回にわたって現金等合計一億三八三〇万円を騙取したとして公訴提起された事案であって、多数地面師の関係する複雑な事案であるうえ、被告人は、共謀ならびに犯意を否認して本件事実を争うものであって、所論のとおり、被害者のAのほか、共犯者とされるB及びCについては証人尋問が終了しているが、その余の共犯者とされる者らについては尋問が未了であること、右Aは、被告人に対して多額の債権を有し、被告人と経済的利害を共通にする者で、相互依存の関係にあって、しかも右Aの証言内容は、被告人を庇うがごとき言辞が散見されること、右Aは将来弁護人申請の証人として尋問されることも予想される現状においては、被告人が真面目な信者で、本件についても捜査に協力し、証拠隠滅行為に出たこともないとの所論を考慮しても、被告人とAとが弁護人を介在することなく直接接触すれば、被告人がAに対して働きかけ、自己に有利な証言を得るなどして罪証の隠滅をはかる虞れがなお強いと認められるから、被告人がAと接触するためには弁護人の介在が必要である。弁護人を介しての接触は、弁護人に負担を課すること所論のとおりであるが、右程度の負担は、いまだ過重なものとまではいえず、また、弁護人の介在による接触方法では、被告人とAとの営業活動の遂行に不便があることは推測しうるけれども、営業活動が著しく困難となって営業遂行に多大の支障を来たすに至るまでのものとは考えられず、いまだ被告人において忍受すべき限度内のものと認められる。

次に所論(二)のアリバイ関係証人については、被告人と同宗の信者という一体感から被告人による罪証隠滅の働きかけが無縁の第三者に対するよりも容易であると考えられ、これらの者に被告人が接触するには弁護人を介在して行うことの必要性が強いといえるのである。さらに所論(三)の点について、原決定の「事件関係者」という指定は違法であるとの点については、本件の態様、公判審理の経過その他弁護人の立証計画も明らかでないことなどにかんがみると、原決定の「事件関係者」という一般的、包括的指定も罪証隠滅を防止するためにはやむをえないものであるから、原決定の指定した条件は相当であって、所論の主張する不合理な制約で、相当性の範囲を逸脱した違法なものとはいえず、また、検察官申請の証人との接触を禁止するとの限定を付することも、A及びアリバイ関係証人についてこれを除外することも相当でない。論旨は理由がない。

よって、刑事訴訟法四二六条一項により本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官松井薫 裁判官高橋通延 裁判官清田賢)

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